2010年01月14日

国語は苦手、、、でも文章は好き

おばんです。


本日は1日オフィスの中で事務仕事でした。自分から望んでいるわけではなかったのですが、気付いたらそうなってしまった。。。結構デスクに座っていると電話が頻繁になるものです。今週は、営業に本格的に出る予定なので明日以降は時間の使い方を工夫しようと思います。


さて、ニッシーは小中高校と科目の中で国語がかなり苦手でした。小学校の時は3段階評価で評価は△、中学校は5段階評価で2、高校時代も2または3でした。とにかく「国語」という教科は苦手でした。


さすがに高校2年生からは、試験対策でノートに写した内容を丸暗記する勉強法に改善し、今まで2だった国語が3になったと言う嬉しい経験は出来たものの、大学入試の模試等になると200点満点中70点代と成績は散々なもので、おそらくセンター試験の平均点レベルにも到達していなかったものと思われます。


当時、なぜ国語の成績が悪いのか何人かの人に質問してみたことがあります。まず、当時の人たちにそろって言われたのが「漢字を書けるようにしましょう!」とはよく言われていました。確かに、国語の試験になると漢字の配点だけで100点中約20点を占めており、そこを全問正解するだけでも成績は上がるとよく言われたものです。それは確かにその通りなのですが、当時のニッシーの心境的には「20点の低い点数を目指すより、80点の高い点数で如何に取りこぼしを少なくするかが大切」と言うスタンスを持っており、正直本気では漢字を勉強しませんでした(汗)。今となって考えてみると、漢字を勉強しておいた方が良かったのかな〜〜とも少し思います。


また、両親には次のようなことを言われました。「普段から本を読んでいるの?本を読めば自然と国語の成績は良くなるよ。」と。もちろん小学校の頃の私は特に本が大嫌いで漫画すら読むのが面倒だと思うほどでした。だから小中学校の間は読書とは無縁の生活を過ごしてきたし、夏休みの読書感想文の宿題は、あらすじをただひたすら書くよくあるパターンをしていたのも事実です(滝汗)


宿題のために読みたくもない本を購入しても、まともに読むこともないまま終了し、結局感想文も当時どんなことを書いたかすら記憶にないほどであります。


なので、中学2年以降は苦手な国語を克服すると言うよりも当時好きだった数学や理科等と言った文学とは離れた科目に力を注いできた経緯があります。(一応補足しておきますが全力を注いだからといって別に成績が良かったわけではなく、国語よりは成績が良かったという程度であります。でも、数学は好きでした。)


しかし、こんなニッシーの性格も大学生になると変わります。大学時代、ニッシーは大学内のサークルの自治会のとある長をやっており、まだ新設されたばかりの委員会の委員長業務に約1年やっていたことがあります。


そこでの委員長業務は毎日が格闘でした。明確な規則が定められておらず、全てがざるだらけの状態。そんな中、まずは委員会の約款(規則)作りから始めました。周りの委員からの意見を集約し、それを文章に起こし約款を作成する。約款なのでいわゆる第1条 この委員会は△△と称する。 第2条 この委員会の定数は、××××××××  と言った風に1つ1つ手探りで規則を作ったものです。


その時、自分の国語力のなさを痛感しました。そこから、ネットで様々な情報を収集したり、また大学の事務方や同じ組織のメンバーを説得させるために様々な文章を作成しました。その為に本を3冊買いました。その本は、今でも会社の自分のデスクに持ってきており事ある毎にその本を見返して、上司や会社の上層部に上申する際はその本を使っています。


そういう経緯もあり、大学時代はベトナム部を設立し、現在会社内では文章・書類作成全般を任せられております。当時は、活字嫌いだったニッシーも現在では少しずつ活字に対する考えが変わってきました。自分でも驚くことに今では文章を書くことに対する苦手意識は完全に克服できたと思っています。


それに追い打ちをかけるようにニッシーが大学生の頃からインターネットという新しい時代がやってきて、今までにない以上に自分の考えを文章化する場面に出会うことになります。ブログと言うのはその代表例で、以前自分のホームページを持っていた(現在は閉鎖)時は、ほぼ毎日のようにネット上に日記を書いていました。


文章形式も以前は本当に日記調だったのですが、だんだんと文章量が増えていき、社会人になった現在のような若干コラムちっくな文章を書くようになりました。


もし、インターネットがなければ今のように積極的に自分の考えを文章化することもなかっただろうし、仕事上でも文章を書くことに対する苦手意識はずっと続いていたかもしれません。


ネットでブログを書き始めた当初の文章を今になって読み返すと、恥ずかしいぐらいに誤字脱字の多さに気づかされます。単純な漢字変換ミスはもちろん、文末表現の不均一性や表現力のなさなど上げればきりがありません。それは今でも同じように感じています。


こうした失敗を種にして、少しずつ文章化する回数と文字数を増やし、文章校正に時間をかけることで徐々に改善されつつあると思っています。


文章を書くようになってから過去苦手で敬遠してきた活字に対しても積極的に向かうようになるなんて当時の自分からはとても想像できませんでした。現在は積極的に新聞も読むようになったし、学生時代では想像もできないぐらい活字に対する苦手意識も今では完全に払拭したものと思っています。


そうすると少し思うのですが、当時両親に言われていた「普段から本を読んでいるの?本を読めば自然と国語の成績は良くなるよ。」という言葉に果たして説得力があるのだろうかと考えてしまいます。ニッシーだったら経験上こういうと思います。


「好きな事が書かれた特集記事や本を読みなさい。別に漫画(台詞の少ないアクション系は除く)でもかまいません。そして読んだ本や漫画について自分が感じたことや伝えたいことを文章として書いて、書いた文章を複数人に読んでもらうようにしましょう」


自分が知りたいと思うことが書かれた本なら、活字が嫌いでも頑張って読解しようとするし好きな事に対する感想なら苦にせず書けるはずです。そして感想文は必ず誰かに読んでもらうことが重要。理想は不特定多数の人に自分の書いた文章を読んでもらった方がより望ましいです。なぜなら他人に読んでもらう意識が生まれることは、文章を書く行為の中から自然に文章表現や文法などにも気を使うようになるからだと思います。


好きな事柄なら苦にすることなく、そして文章化し他人に読んでもらうことを意識することで事前に文法などにも気を配るようになります。文章を書き他人に読んでもらうことを経験することで、逆に他人の書いた文章に対する読解力が向上すると考えます。


ニッシーは文章を書く時間と、書いた後の文章校正する時間の比率はおおよそ50/50であります。ただ、仕事上で書く文章では20/80と大半が文章原稿を書くより圧倒的に校正時間のほうが長くなります。


このブログのようにたとえば文章書くのに1時間かかったとすれば、読み返して誤字脱字や文末表現の訂正などの校正作業も1時間ぐらいかかっているのが現状です。もし校正に手を抜き更新を早めると必ずどこかに文章表現上の不備や意味不明な文脈が残ってしまったりと、後になって誤りが発見されてしまうのです。


こういうブログは、ある程度自由な表現が可能である反面、仕事上での文章となると公平性と信頼性を確保させなければなりません。従って、仕事の文章の場合は校正に対する時間は文章を書くよりも多大な時間がかかります。しかし、今回はその構成の時間があまりなく結果として上司に良い結果を持ち込むことが出来ませんでした。若干悔しいです。


文章作成の得意な方たちは一体原稿作成時間と校正時間の比率はどのぐらいが標準なのだろうか。詳しく知りたいと思います。


というわけで、ニッシーは文章そのものは好きです。
posted by ニッシー at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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